じてんしゃ旅 長崎と熊本

10月19日から一週間、長崎と熊本を自転車でぐるっとしてきました。佐世保ー島原ー天草ー南阿蘇ー島原ー佐世保という経路で走行距離約450キロ。

初日、佐世保行きの朝のフェリーが欠航。出足をくじかれましたが朝ゆっくりできるのはいいことです(朝のフェリーは7時半)。午後の便で夕方佐世保入り、自転車屋さんでヘルメットやライトを買って、日野町にあるHappy Trails Coffeeを営むブレットの友達の家に泊めてもらいました。 というわけで翌日はおいしいコーヒーで旅の幕開け。

コーヒーもケーキもおいしくてほんとにハッピーな場所なのです

コーヒーに詳しくもなくこだわるわけでもないですが、明るいカフェで啜る温かい飲み物というものが大好きなのでとても幸せ気分。帰国前に寄ってきたヨーロッパ以来のコーヒーです。ここはオーナーのジルがアメリカ人で、アメリカ的な手作りお菓子も並んでます。そのひとつのビーツケーキを旅のお供に、とくれたジルとヒサシさんに見送られて出発。川棚、東彼杵、大村方面を目指します。交通量が多い道路を避けて超えた八幡山というのが急勾配、登りはおろか下りまでも自転車を降りて押す場面も。初っぱなから挫けそうでしたけど、山上のみかん農園や眼下に開けた大村湾の景色になぐさめられつつ彼杵の道の駅に到着。やっと遅い昼ご飯…が、そこで電話をかけた野岳湖のキャンプ場が5時までのチェックインとのこと。急いで晩ご飯の材料を買って、ビーツケーキでカロリー補充してまた山上り。この上りがしんどかった。疲れと空腹のなか時間に追われるのは大変です。管理人さんに待ってもらって30分遅れで到着、走行距離は大したことないけれど、なかなかてんこ盛りな初日でした。

次の日は諫早を抜けて島原半島へ。南端に無料キャンプ場があるらしい。ウェブサイトには夏期のみと書いていたけれど、南島原市役所に電話すると使っていいとのこと。なので半島の西海岸を南下します。昨日とは違って平坦な海岸線をしゅーっと走っていい気分。小浜温泉街はそこここから上がる湯気や温泉宿の看板が疲れ始めた体を誘惑します。基本キャンプの自転車旅は、寄り道しづらいのが痛いとこ。側溝からも立ち上る湯気を足に感じながら走り過ぎ、口之津の浜辺にあるキャンプ場に到着しました。隣にあるホテルの温泉に入れたこともあり、この静かな松林のなかのキャンプ場はよかったなあと思い返します。(なんせ無料だし。温泉ホテルもお客様感謝期間だとかで、100円でお風呂に入れました、よかった)

4日目。今日は島原市まで行って熊本へフェリーで渡る予定でしたが、ここ南島原から天草へのフェリーも運行中と判明。天草という場所に一歩でも足を踏み入れてみたかったので予定変更。口之津港に着いてみるとちょうど船が出るところで、30分後には憧れ(?)の天草上陸です。

左部分にわたしの指あり。

キャンプ場は天草五橋あたりにかたまっているので、そっちのほうに向けて北の海岸線を走ります。どうやらここはタコの産地、道もタコ街道なんていうらしく、タコ看板やモニュメントがたくさん。たくさんすぎて、休憩した道の駅でついつい「地ダコ醤油アイスクリーム」なんてものを食べてしまう。こういうのはうまいもんじゃないですけど、まあ旅ですから。ところで天草は南国的です。日差しが強く暑い日で、日陰に座って海を眺めていると夏真っ盛りな気分。さらに走って天草五橋に突入。1966年の開通以来、天草島の経済をがらりと変えたという五つの橋は、歩道が狭く、大型トラックもたくさん通ります。自転車を押して歩くも一苦労、景色どころじゃないですが、たまに停まって小さな島々を眺めます。橋の開通前はもっと船も多く、島それぞれのつましい暮らしがあったのかなあと勝手な想像をしつつ。今晩は大矢野島の西にある、これも橋で繋がった野釜島のキャンプ場で。ひと昔前のビーチハウスを思わせる事務所には、海風に晒されたかき氷やジュースのメニュー板や招き猫が、雑然と置いてあります。おじさんが奥から移動式カウンターを押し出してきてチェックイン。ひとしきり昔話を聞いてから、野菜と豆腐のトマトスープを作って食べました。今夜は雷雨の予報です。
5日目。テントってすばらしい、予報通りの風雨からもきちんと守ってくれました。今日は熊本の山のほうにある知り合いの茶園を訪ねたい、かもしれない。距離70キロ強、標高差450m。経験乏しい私は、今日中に着けるものなのかさっぱり分からず。不安がテントを叩く雨の音と相まって、予定返上で寝ていたい気分漫々です。
なんて言っていても仕方ないのでとりあえず走り始めた途端、火が入った薪オーブンに遭遇。上天草市が去年作ったもので、農林水産課が運営、今日は料理教室でピザなんかを作るのだとか。薪オーブンは私のカナダ生活での大きな要素だったので、しばらく感傷にひたりながらペダルをこぎました。道路脇にみかん売店が並ぶ三角町を抜け、宇城市を過ぎて内陸に入ります。みかんは見るばかりで食べ損ねました、残念。

霊台橋 このあたりは「石橋と美人多し、脇見いけない」みたいな看板もありました。

登り下りはなだらかですが、空気はどんどん山のものになってきます。緑川やその支流には古い石橋が多く、ちょっと停まって苔むした橋の上から清流を覗いたり。山気分が高まります。美里町の霊台橋からほんとの登りが始まりました。が、軽いギアなら無理なく上れる程度。濃厚な緑の空気と、車が途切れた時のしんとした森の音を全身に感じる満ち足りた時間がしばらく続きました。山都町の通潤橋に着いたころにはぐっと冷え込んできます。1854年完成の通潤橋は、石の水路橋としては日本最大。これが通る前は水がなく、「あそこには嫁に行くな」と言われるぐらい貧しいところだったそうです。この橋に水が通ってからは何でも育つ豊かな土地になり、今では通潤用水と白糸台地の棚田景観として、国の文化的景観に選定されています。

通潤橋

下田茶園は代々続く無農薬のお茶とお米の農家さん、今はご夫婦とおじいちゃんで運営しています。春先の田んぼ作業から、お茶の収穫、加工、剪定やらに加えて秋は干し柿の加工も。奥さんの美鈴さんは山都町の図書館長でもあり、地域のイベントにも走り回る(上記の通潤橋のことを書いた絵本も手がけていて、ちょうど出版されたばかりの本を見せてもらいました)。半端じゃないモノづくり技術を持つご主人は、建具から複雑なお茶製造機まで農作業の合間に作ってしまう…農繁期の忙しさはとんでもなさそうでしたが、季節に沿った労働が作り出す暮らしに、とても感銘を受けました。土地が与えてくれるものを賢く使う丁寧な暮らしは、その生態系を守る大切な要素です。世界各地に例がありますが、日本の里山もそのひとつ。ここ山都の棚田の風景と下田家の生活は、私の里山文化へ憧れがそのまま形になったみたいでした。住居も代々住んできた古い家を18年前に改築、洗練されていながら機能的です。自家野菜いっぱいの食卓(常備菜が出てくる出てくるったらユメのよう)からも、良質の暮らしがにじみ出てました。忙しいときに突然訪ねて申し訳なく思いつつも、来れて良かったと心から思います。

6日目。下田さんのアドバイスに沿って151号線で高森まで抜け、白州水源で一休みしてから外輪山を右手に阿蘇の裾野を西へ。さらに進むと長いトンネルがあり、歩道が狭いので自転車を押して歩きます。やっと750mを抜けたと思ったらまたトンネル、今度は2070m。この日は西原村の山手にキャンプ場に泊まったのですが、まったくどうしてキャンプ場は山の上に多いんだろう(いやどうしてかはわかるんだけど)、ここはすごい坂で、痛み始めた足首と膝を酷使して自転車を押しました。あのトンネルにこの坂、もうやってられんと思った。そしてこの夜は寒かった、やはり山の上はあなどれません。

7日目。本格的に帰途につくことにして、熊本港を目指します。朝ご飯用食料を持っていなかったので、とりあえず走り始め、走り続け、結局、熊本港までの35kmを朝飯前に走破。途中で買ったパンを食べてから速いフェリーで島原へ。この間ずっと、どういうルートで小値賀に帰るかを話し合います。フェリーの時間やキャンプ場の有無、それぞれへの距離など、自転車キャンプ旅はなかなか規制が多いもんだと知りました。佐世保まではとても今日中に着けないが、島原半島の北部や諫早周辺にはキャンプ場が見つからない。諫早あたりで安宿に泊まるか公園で寝るかして、早朝出発で佐世保10時半のフェリーに駆け込もうということに。そして夕暮れごろ諫早に到着するも、山や海の空気を吸って走ってきた心は、安いビジネスホテルというものをどうも受け入れたがりません。キャンプ禁止の立て札の後ろで野宿するほうがマシだけど、それもあんまり心浮かれるものじゃない。そういうわけでブレットがぽつりと出した案「このまま夜通し歩く」に飛びつきました。時間制限なし、どっかでおいしいご飯を食べて、休みながらゆっくり進む。冒険に出るみたいな気分になってきます。左足首と膝はどうやっても痛い状態だったし、きっと夜中にものすごく疲れるだろうと思いつつ、それでもわくわくしてました。

途中のインドカレー屋さんでたらふく食べ、道の駅で小休止したりしながら歩いては乗り、乗っては歩く。月のきれいな穏やかな夜でした。朝の光や温かい陽射しも大好きですが、月光や夜の空気にはより偉大さを感じます。朝型のわたしは、夜の道路を体験することがあまりありません。長距離トラックの運転手さんや夜通し走る若者たちが見る色を、草に覆われた歩道から楽しみました。車の人は怖かったでしょうね、真夜中に暗い歩道を自転車が走ってるんだから。

佐世保市街に入るころには、さすがにへろへろです。パトカーが止まって警察のお姉さんが質問してきたのもうろ覚え、「キャンプ場ないから歩くことにしたんです(キャンプ場もっと作ってくださいとの願望を込めて)」とか呟いて先に進みました。港に着いたのは3時過ぎころ、公園のベンチでうとうとした数時間は至福の時でした。明け方に雨がぽつぽつし始めるまでは。

とまあ今回の旅はこんな感じ。当たり前だけど自転車は車よりも遅いので、行ける範囲や寄り道できる余裕が限られてきます。予定はたてづらいし、しんどくて暑くて寒くてたまに怖い。でも体感の度合いといいますか、そんなものが何倍にも膨らむので、五感が感じ取ったものがより深く大きく心にやってくるように思います。だから結局は、しんどいのも全部含めて楽しいに尽きるんでしょうね。

長い登り坂の後のこの景色、心が震えるってこのことかと思った

それにしても、ちょろっとだけ見た山都の景色が忘れられません。こういう土地がまだまだ日本にはたくさんある。ここに住みたい守りたい、という健全な気持ちが湧いてくる、いい旅だったと思います。

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