議会に行こう!

4月15日、小値賀町議会 地方創生特別委員会の傍聴に行きました。

今、国の「まち・ひと・しごと創生本部」が各自治体に出すよう指示している地方創生の戦略のための会議です。地方のたくさんの町や村で人口が減り、このままでは消えてしまうところが多い。そうならないようお金を注ぎ込みますから、自分たちでいい戦略を作ってください、と国は言っています。少子高齢化時代を見据えて、小値賀のこの先の方向性を決める会議です。

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人口減少を食い止めるという目的は、どんな戦略を持って達成させるのか。議論は「人口をなんとか増やさなければ」から始まりました。「仕事を作らなければ若者が来ない、帰って来ない」「産業を振興させなければ」「教育と福祉の充実で住みよい町を」などという意見が交わされる中、ひとつ違った視点が出てきました。「まち・ひと・しごと創生」のベースにあるのが地方消滅論ですが、そのベースを覆す説(山下祐介「地方消滅の罠」など)を紹介しつつ、「そもそも人口は増えなければならないのか」という根っこの問題に迫る視点です。消滅可能性市町村というけれど、たとえ高齢化率100%になったとしてもすぐ消滅するわけではない。町の存続とは人口や財政の数字だけで測れるのか。人口もお金も少なくても、幸せに暮らしていけるというのが魅力でもいいのではないか。

小値賀の魅力とは何かの話になりました。「自然が豊か」「食べ物が美味しい」「人が温かい」など、もっともだけど具体性や深さに欠ける表現が続きます。「自分たちが気づかないもの、当たり前と思っているものがいいらしい。外からの視点を持つ人に聞くべきだ」と複数の議員さんが言います。この場で、この時点で出てくる発想かなあというのが正直な感想です。でも「自然に体が動く力」というのも出ました。例えば、魚1匹を目の前に置いて「捌け」と言われて出来る確率は、小値賀のような所の子どものほうがずっと高いだろうと。手や体が作業を知っている、ということです。これは大きいと思います。

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オゴ採りの後の磯の手入れ作業

そこでこれからの委員会は、小値賀の宝を洗い直し、小値賀らしい住み良い暮らしとは何かを探って目指すべき将来像を描いていく予定です。情報収集から戦略づくりに乗り出しますが、次の委員会は選挙後、新しい(かもしれない)メンバーでの歩みになります。

内容以前に、そんな会議が役場3階の小さな会議室で、たった8人の間で行われていることがとても不自然に感じました。私は議会事務局でバイトしていたので、何の会議がどの会議室であっているか、事実としては知っていました。でも実際その部屋に入ってみると、「小値賀の町民とか自然、次の世代のことも全部含めて話す場がここか」と、なんだかすごく驚きました。「住民不在の決定」とかいう言葉が頭をよぎります。でもこれは、必ずしも現議会のせいではないと思います。町民と、本来その一部であるべき議会とが、すっかり離れているという構図が、長い間かけて出来てしまったからです。

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近所で集まって保存食作り

内容はというと、実はとても面白かった。そりゃあそうです。自分に直接関わってくるものだから。特に前提、根っこを見直すことの必要性は、私が町民としても、今という時代を生きる人間としても考えてきたことでした。自立した地域社会は、いつも自然とともに生きてきました。ご先祖様や次の世代も仲間に入っていて、地域社会の経済活動は右肩上がりの直線ではなく円形、巡るものでした。「まち・ひと・しごと創生」会議は、地域社会を守ろうと言いながら、やはり軸になるのは資本主義経済。経済成長を前提としている限り、自然やほかの国や未来の世代を犠牲にすることになります。それに後押しされた政策は、今の私たちの暮らしに利便性をもたすかもしれません。でも小値賀の「宝」である自然、温かい地域社会、自然に動く体や手を育むことの妨げになることもあるのでは。どんなに画期的な産業振興策も、前提が成長志向・市場主義である限り、長い目で見て持続可能ではないかもしれません。隣のおばちゃんが野菜をくれるとかいう温かさも、次の世代がお金を稼ぐことに忙しくなって菜園もしなくなったら、なくなってしまいます。過去40年とか50年の変化から学び、前提になっている視点を見直さないと、と思うのです。

人口が増えたから魅力ある町になるんじゃなくて、魅力ある町だから人口が増える(かもしれない)のではないか。そして魅力ある町とは、必ずしも仕事があってお金が稼げるところなのか。もちろん、今の時代ではそれも大切です。でも都会の若い世代には、暮らしの場を選ぶのにそこは重要ポイントじゃない、という人も確実に増えています。IMG_1428

小値賀の魅力を本当に残そうとすると、ある程度の犠牲は払わなければなりません。犠牲とは、例えば不便さであったり、収入減であったりするのかもしれません。たくさんの会議やリサーチにかける労力と時間であるかもしれません。交付金ありきでおざなりにやる事業ではなく、ほんとに役に立つ策を作るには相応の努力が必要で、努力は町民みんながしていかなければならない。それを「犠牲」と見るかどうかは、私たちの心持ち次第です。「小値賀が残っていくように」といっても、残るものは名前だけで、地域の行事も物々交換もなく、ことばも食も変わり、海はコンクリートで覆われてしまったら、それは残したい小値賀なのでしょうか。

こういった根本的なところから「豊かさ」を問う議論も、議会ではなされるべきです。ここに書いたのは私の考えですが、もちろん他の視点も必要です。縦にも横にも多様な意見が出て、お互いが聞き合ってこそ、よく練られた無駄のない政策ができる。そのためには、いろんな人が議論に参加することが不可欠になります。小値賀町議会は、「町民とともにある」「開かれた」議会であることを目指しています。でもこれ、片想いじゃできません。議会側だけじゃなく町民側も一緒に、知って、話して、考えて作っていくものです。まずは議会のお手並み拝見ということで、傍聴、一緒に行ってみませんか。

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