介護の村

長崎県、五島列島で、「半農半介護」を基礎としたムラ作り計画が動き出しています。農を中心とした暮らしという伝統回帰的な面と、介護という現代社会の大きな課題を合わせて柱とするプロジェクト。村民募集中です。興味のある方は「月刊むすぶ」に掲載された記事を一読ください。

「自給自立を基礎とした支えあう村」づくり構想実現のための提案と募集

歌野敬(長崎県新上五島町在)

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■はじめに

「衣・食・住からエネルギーまで可能限りの自給」をテーマに、ここ五島列島中通島のほぼ中央にある元開拓村に移住して29年目の半ばを過ぎた。自己紹介の意味を込めて、掲げたテーマの現状を少し紹介したい。

まず食べ物の自給。田畑それぞれ約1反半の耕地に、米・大麦・小麦・大豆など主穀類から数十種に及ぶ季節野菜まで栽培。ごく一時期の端境期を除いて、食卓をにぎわす食材は提供してくれている。

これに林間作物である椎茸類、果樹は適地種である柑橘系を中心に栗や枇杷などが加わる。家畜はいまは鶏8羽だけ。かつては月1回だけ一頭を処理するハム加工業者として豚を肥育し、常時7頭を飼っていた(いまは2か月に1回、知人の放牧豚を分けてもらっている)。乳山羊も同じく今はいないが以前は飼っていて、山羊の乳で作る独特の香りを持つバターが懐かしい。

食の自給は以上の「一次産品」よりも、ハム類やバターを含めた「加工食品」づくりの方ではるかに時間とエネルギーを使う。

基本調味料である味噌・醤油。五島の海水で作った自然塩を使っての醤油はとりわけおいしい。どんな料理でも(とくに刺身)醤油がまずいと台無しで、少し気障ながら旅行時にはマイ醤油を持参する。自給して本当によかったと思ういくつかの産品のひとつ。油は全量は無理だが椿油を毎年2~5升採油し、椿油のてんぷらという限りない“贅沢”を楽しんでいる。出汁材としては鰹節と焼きアゴ(飛魚)に干し椎茸、お茶は緑茶にウーロン、調味料はマヨネーズ・ポン酢・柚子胡椒など、野菜乾物(切干大根、かんころ=干芋など)、納豆‥‥‥と挙げていけばきりがない。欠かせないのはアルコールで、焼酎(米・芋)、濁酒(米)に加え、キットながらビールは年間大瓶約800本つくる。ときに果樹農家の知人から残り物のブドウを貰えばワイン、といった具合だ。とても豊かな食生活だと我ながら思う。

でも、根がずぼらだから時おりつくるが面倒でお金を出して買っているものもある。代表は豆腐・厚揚げ薄揚げ、うどん・そばなど麺類、ほかにモヤシ、コンニャク、パン。どうしても購入するしかないもの=我が家で準必需品とみなしているもの=は特殊調味料(カレー粉、胡椒)、昆布、嗜好品類(コーヒー)

以上が食の分野で、自給率9割! を公言するレベルにある。

次は衣類。これは難儀な分野だ。移住した翌年に綿を作って収穫したものの、これでせっせと糸を紡いで、織ったり編んだりという作業を考えると気が遠くなり、さすがに手つかずにきた。言い訳がましく言えばこれには別の理由がある。実は移住3か月目に、廃屋を150万円かけて改修したばかりの借家を、火事で焼失。でも移住直後のこの災難に島の人は可哀そうと同情してくれたのだろう大量の救援物資が届き、中でも衣類は半端な量でなく、流行さえ気にしなければ孫の世代まで着られそうな量が集まった。つまり衣類には困らなかったのだ。

手つかずだった衣の分野、でも最近少し成長した。6年前、古布団を再生し糸を紡いで織る・編むという「古綿工房」を、あるきっかけから立ち上げた。同時に綿栽培も再開。工房ではショールやボディタオルなどを中心に実用品を制作し、すでに京都で2回、地元や周辺地域、15年11月には島根の安来市で展示会をやるというところまで来た。地元活性化の一こまだが、私自身にとっては衣類の自給の手始めという位置になる。

とはいえ、下着ひとつとっても自給の壁は厚い。産業革命はなぜ繊維産業から始まったか、心から納得できた四半世紀だったというべきか。

次は住。これは具体的には大工技術の習得ということなる。これについては先の火事のおかげで(?)、仮住まいの家、火事翌年の家の新築、増築など、新増改築・リフォームなど含め7回の家づくり修業ができ、墨付けや刻みからや建前、内外装作業まで、在来工法では一通りの手順を経験した。まだ習得したという技能レベルではないにしろ、ちょっとした小屋掛け程度はできるようになった。11坪強の豚舎、5坪の農機小屋を、廃材を利用し10万円以下で作ったし、大工技術の延長で、木・竹素材の日用品(簡単な整理箱や蒸籠、モロブタ、家具類その他)づくりは農閑期である冬の仕事として定着した。本格的な家づくりは今後の挑戦課題。

最後はエネルギー。風呂は太陽熱温水器+薪。2台の七厘がでんと居座る厨房では木炭が主役。強火の七厘では圧力釜でご飯も炊き、強火が要る焼き飯も作る。弱火の方は卓上にお出まして冬の鍋もおでんもことこと煮てくれ、毎朝のトーストも焼いてくれる。緊急用にプロパンガスも用意しているが、8キロボンベで1年以上もっている。暖房は掘り炬燵と火鉢、これも木炭が主役。

問題は電気。移住前から風車の魅力に取りつかれていたので、移住3年目に自動車部品を使った風車を制作し発電に挑んだ。結果、発電には成功した(定格出力500W─この間の経緯は『風車よまわれ』連合出版 参照)。だが、完成2年後に瞬間風速50メートルの強烈な台風に見舞われあえなく破壊。再挑戦も考えたものの谷間の風車は設置適格性に欠くことが分かり、諦めた。以降、太陽光、小型水力など検討してきたが、まだ踏み切れていない。3・11以降けなげな省エネに取り組んでいるが、当面、家電製品を増やさず、LED化を図るなど徹底した省電力を心掛けるしかないといまは思っている。

エネルギーに関してひとつ強調しておきたいのは木炭の価値。厨房と暖房目いっぱいに使って、木炭使用量は年間300~400㎏。私の小さなコンクリートブロック炭窯4窯分だが、これに必要な炭材は、たとえば厨房用にはこの地で成長が早いシロダモの30㎝径程度の木、炬燵にはこれも豊富に自生する椿を主に焼くとして、だいたい3反、風呂の薪を入れても4反の山があれば更新しつつ供給できる。山で4反など猫の額に過ぎぬし、細かい計算は省くが、いまこの国の伐採可能な里山の森林面積を全世帯数で割れば約3反半。つまり、五島程度の気候風土なら全世帯分を賄える可能性が高い。繰り返すが更新しつつである。このことを発見した時、私はいまの暮らしの価値を確信した。(以上の暮らしぶりと意義については『僕らは中年開拓団』連合出版、『田舎暮らしの論理』葦書房 参照)

IMG_0855■構想に至る経緯

さて、表題に掲げた「自給自立を基礎とした支えあう村」構想、これをまとめるに至るいくつかの経緯がある。まず私的な事情が二つ。

ひとつは紹介した自給生活を支える諸技能の継承の場づくりということ。おこがましいが、衣・食・住からエネルギー全般にわたる知恵と技能は、それぞれの分野のプロからすれば(たとえば炭焼士、醸造家、大工……)およそ素人に毛が生えた程度でしかないとしても、自分の暮らしを作り上げていくには不足はないと思っている。これからの時代は間違いなく個人の、あるいは地域の自給力が問われてくる。本誌で連載中の長谷川浩さんの「市民皆農が日本を救う」も同じ問題意識に基づくと思うが、市場経済の暴力、資源の枯渇、地球環境問題の激化などを考えれば、身近な場所で可能な生き残り策を講じていかなければならない。私の自給技能はそのささやかな手段を提供できると考えている。

もう一つの私的な事情は、連れ合いの叔母を1年半前から引き取ることになったこと。83歳になるこの叔母は要介護4、認知症が進んでいる。一人暮らしをしてきて他に身寄りがなく、つまり我が家で最期の看取りをするということになる。それは以前から分かっていたことだし、引き受けることに抵抗はないのだが、仮に私たち夫婦が先に逝く事態になったときどうするか、あるいは我が家で最期というのもいいとして、もう少し目配りが利いてゆったりとした環境の中で過ごす方法はないか、と考えた。

これには地元で先行したホームホスピスの立ち上げから関わってきた体験が基礎にある。ターミナルの人を、との目論見で始めたホームホスピスだが、実際は一部を除き有料老人ホーム的な入所者構成になっている。でも民家(お寺の庫裡)を改修したその施設は、家族でもなく、また既存施設にはないアットホームな雰囲気があってとてもよく、これなら我が家よりもいいかも知れないと考えてきたことが大きい。入院期間を短縮したい病院の都合で追い出されて、自宅ではなくホスピスに入所するケースが多く、そしてホスピスで過ごすうちに元気を取り戻すというパターンを何度も経験している。認知症や老齢による心身機能の低下を含め、環境によってこれほど変わるのかと何度驚いたことか。

ともあれ、村づくりの中核施設である介護施設のイメージはこのホスピス体験をベースとしている。

この個人的動機に加え、もうひとつ重要な動機は、島の停滞に対する処方箋だ。高齢化、(特に若年世代の)人口減、雇用減などが重なり、このまま島は存続できるのだろうかと危機感を持つ町民が多い(人口減や高齢化はそれ自体では恐れる必要はないと私は思うのだが)。従来の公共事業依存体質が抜けないから、町村合併はじめ国の施策を超える自立策を真剣に模索してこなかったつけがいま回ってきているに過ぎない。とはいえこの沈滞ムードを変えないとまずいのは事実。

たとえばもう10余年前になるが、島に高レベル放射性廃棄物処分場を誘致する動きが表面化した。土建屋がつるんで誘致する構造で、私はすぐに反対住民の会を組織して2年がかりで何とか潰したが、その後もメガワット風車や鉄鋼スラグ埋め立てなど次々に島を襲い、(赤字を積む漁協などが)金に目がくらんで受け入れてしまう。この構造を断ち切らないと何も始まらない。

最近も(多くの本誌読者はご存じないはずだが)「国境離島新法」(正式には「有人国境離島地域の保全及び有人国境離島地域に係る地域社会の維持に関する特別措置法案」)なる、国境離島振興に名を借りた露骨な自衛隊関連施設の建設促進法案が、16年年初から始まる次期国会に上程~可決の可能性が高まっている。港湾法や道路法、空港法など既存法に関わらず、港湾整備や空港拡張その他防衛関連施設を国の思う通りに建設できるというとんでもない法律だ。そして佐藤正久(イラク派遣軍先遣隊長の参院議員)が筆頭提出者であるこの法案に諸手を挙げて賛成し、制定期成活動を行っているのが長崎選出の土建屋国会議員で、これに地元土建屋が群がって踊っている。無様な構図だ。

私はこれにも反対の声を上げようと2度の会議を設定し議論した。その結果、反対するだけでは止められない、何か対案となる地域振興策を打ち出さないと……という何度も繰り返してきた問題が今度も浮上した。同様の議論になった前の核のごみ問題のときは「うまかもん倶楽部」という魚の産直を立ち上げ、それなりに成功を収めたのだが、内部事情で3年で打ち止めになった。これに代わる対案を作る必要に今回も迫られ、既述の個人的動機をも一緒に投げ込み、撹拌して練り上げたのがこの構想だ。

余談ながら、私はこれまでよそ者ながら町長選に3回出馬し、島自立のための方策を訴えてきた。残念ながらとくに合併後の3回目は健闘したものの当選することはかなわなかったが、そのとき考えてきたのが「介護の島」づくりだった。これまでいろんな企業誘致を町は進めてきたのに、誘致補助金が切れる頃には決まって撤退するというお粗末な成り行きを何度見させられたことか。そんな流れを横目に、高齢化と人口減を逆手に取る施策が必要と考え行き着いた結論だった。だから、町長に当選させてくれていたらもっと早く離陸することができたはずなのに、とぼやきながら本稿を書いている。

■『自立自給を基礎とする支え合う村の概要

(1)あらまし

長崎県新上五島町にある限界集落を超えたいわば”崩壊集落”を舞台に、2025年問題、すなわち都市団塊世代の老後問題と地域再生課題を結合させ、新たなコミュニティ創造の実験モデルを試行する。

(2)対象集落の現状

長崎県五島列島中通島(新上五島町)の中央部に位置する3集落

①大瀬良地区 5世帯7人(1990年11世帯23人)、空家4(うち居住性回復可能家屋2~3)、荒廃農地約2ヘクタール(うち回復容易な耕地1ヘクタール)

②赤井窄地区 5世帯8人(同11世帯17人)、空家3(全戸倒壊)、荒廃農地50アール(同10アール)

③広の谷地区(戦後の開拓村) 3世帯11人(8世帯17人)、空家7(同1~2)荒廃農地2.5ヘクタール(同2ヘクタール)

上記3地区は合併前の旧有川町(1990年前当時人口8500人)の中の辺地集落で、当時すでに平均年齢が40歳を超える限界集落だったが、現在は道草刈など集落としての維持が困難で、かろうじて公民館の清掃と年1回の年始の寄り合いだけが、ともに暮らしていることを確認する数少ない機会として残っているのみだ。いま住んでいる13世帯26人も、数年以内に世帯数は10を切って後期高齢者がほとんどを占め、子供のところに移り住むか施設に入るかなどで一挙に崩壊への道を歩んでいく可能性が高い。

これを自然過程とみなし、放置していて良いものだろうか。たとえば③地区は最盛期には入植者が16世帯・100人近くが住んでいた。つまりその程度の土地生産性、自然資源があったといえる。また3地区ともカトリック信者が多く生活に根ざした信仰の形をとどめてきた。それが支え合う風土を育んでもきた。

そんな中でも何より貴重な共通地域資源と考えられるのは、自給の知恵や技能を残す点だ。町の中心から10キロ近くも離れ、車社会とは無縁な営みを長く続けてきたゆえに、食べものはもとよりエネルギーは薪炭利用(厨房はプロパンに変わったが風呂は今も薪)、日用品の手細工は竹・木・蔓・米藁・麦藁・萱など身近な素材でさまざまな工夫を凝らしてきた。離島の中のさらに辺地という条件が生み出した文化ともいえるだろう。

この資源を掘り起し、いまに活用する方策を講じることこそ、直近の問題としては3・11を契機に広がりつつある価値軸の見直し、あるいは暮らし方の変革に対するひとつの回答であり、また大きく言えば、近代産業主義に毒された今の文明の在り様に対抗する武器ともなる。

なお、本構想を煮詰めた後で、最近話題に上ることが多くなった「日本版CCRC」なる、高齢者コミュニティの日本型展開プランが、介護という側面だけをみれば近似した発想に基づいていることを知った。本構想が日本版CCRCの動きに便乗したものと受け取られることを恐れつつ、でも「農」とくに若者の新しい農的暮らしのスタイル(半農半介護)の提案をしていることだけをとっても、ベクトルは異なることを理解してほしいと思う。

(3)活用しうる地域資源

(対象地域内資源)

・空家

・荒廃農地

・放置された杉、檜の植林樹木 豊富な自生椿

・穀物、野菜、果樹、樹木などの適地作物栽培技術

・養豚、放し飼い養鶏技術と環境

・豚・鹿・猪など肉類加工所「むぎんこ広場」

・古布団利用の紡ぎ、染め、編み・織りによる実用綿布制作「古綿工房」

・個人に付属する自給技能

[食分野]  味噌、醤油、野菜加工(漬物・切干大根・カンコロ・じゃがいも粉…)、魚介加工(干物・鰹節や飛魚など出汁材)、椿油、肉加工(鹿・猪のハム・ソーセージなど)、椎茸など林間作物栽培、梅干し・マーマレード等果樹加工、焼酎など酒精……

[エネルギー分野]  炭焼き、薪利用を通じた里山管理

[建築分野] 丸太利用、杉・檜以外の用材利用(椿その他)

[その他] 藁・蔓・萱・雑木などを材とした農具・日用具・装飾品

※対象地域以外にある使われなくなった資源

・製材所とその機械類

・鉄工所とその機械類

・石材技術と道具

・漁船や定置網使用権

・養殖漁業の装備・備品

IMG_2123■構想推進のステップ

[第一期] 独立家屋型高齢者住宅と介護複合施設の建設

(概要)

集落内の遊休地を利用し、都市団塊世代向けの複数の小規模住宅と、これに連結して、ホスピス、認知症などを含む条件なしの複合型介護施設を建設(いずれもサービス付き高齢者住宅の要件を満たす)。同じ共有空間に学童保育、託児所、障害者憩いの場を併設し、コア施設とする。介護施設に共通する一種の閉鎖空間を、老若男女、健常者も障がい者も、さらには入所者も地域で暮らす人々も含め、開放的な場を共有する。

さらに施設を囲むように、農園、畜産、食肉・魚肉加工所などを配置し、介護・農的生産・教育・保育・技術伝承を融合した小規模コミュニティ=「自立自給を基礎とした支え合う村」のプロトタイプ=を建設。

《独立家屋型高齢者住宅》

・バリアフリー型30~50平方メートル5戸~10戸 1~2LDK ,バス、トイレ

・基本設計を数パターン用意し、居住者の選択と希望を組んで設計施工=注文建築的な契約となる

・用材は基本的に地元材

・利用者は島外から募集。健常者、軽度の要介護者(要支援1程度)対象。将来的にホスピス入居を保障する。

・建物は終身使用権設定

・利用料は別途徴収(詳細未定=訪問介護や生活支援はもとより、たとえば食事を自炊・選択メニューで注文など、供給サービスにより変わる)

《複合型介護施設=母屋》

・末期がん対応のホスピス、認知症対応のグループホーム、賃貸的な有料老人ホームなどの性格を持つ、入所条件無しのマルチ対応型施設

・共有空間:ホールや食堂、浴室、談話・図書室、ミニ店舗、カフェ、作業土間など。入所者個室:入所者に合わせて増殖していくクラスター型建築を目指す。個室面積は18㎡程度

・24時間介護・支援対応

・訪問介護ステーション併設

・訪問看護・訪問診療は既存施設・上五島病院と連携

・入所枠10名程度

・利用料は入所者状態と提供サービスにより個別決定⇒厚生年金受給者を念頭に置く。入所一括前払い金の可否は別途検討

※本施設は地元の老人のための宅老所として開放

《無認可託児所・学童保育・ミニフリースクール》

・職員や町民対象の託児所・学童保育は実費プラスアルファの低価格で

・島内外の不登校や引きこもり児童生徒の受け入れ、あるいは山村留学生受け入れを検討。農作業や家畜の世話、各種加工作業、自然体験などを織り込んだ短期~長期の受け入れプランを策定

《障がい者作業所》

・町内の既設作業所の分所として開所

・地区内の遊休農地を利用しての野菜や雑穀類栽培、養豚・養鶏、むぎんこ広場工場を利用しての鹿・猪加工、母屋や高齢者住宅の清掃、カフェなど(全て有償労働)、

・収穫物や製品は施設内で利用するほか、特産品開発に傾注し販売する

・利用者は空き家利用のシェアハウス(グループホーム)での暮らしを目指す

※以上に関しては別添の「母屋と周辺施設の配置イメージ」図表参照

 [必要人材]

・プロジェクトマネージャー 1

・ヘルパー等介護要員 10

・(必要なら)看護師 1

・障害者作業所並びに高齢者住宅居住者サポーター 2~3

・統括経理、事務 1

・調理、清掃など 1+パート数名

[建設規模と総工費見通し]

・土地取得(300坪)

・母屋(オープンルームなど共有空間と初期居室5室)300㎡程度

・高齢者住宅5軒 平均50平方メートル

・インフラ(山清水浄化装置、沢水雨水中水道、新見式合併浄化槽、大型太陽熱温水器

・母屋備品類(リサイクル品・寄付物を募る)

・車両2~3台

・その他(木の切り出し、製材、圃場整備など)

・立ち上げ費用(募集・広報・通信など)

・運営初期費用

・予備費

  • 計 5570万円~6900万円

[資金調達]

・サービス付き高齢者住宅の使用権料  平均500万円×5 2500万円

・自己資金 1000万円

・母屋入所前払い金 別途検討

・助成金その他(借り入れや私募債の発行)での調達 1000~2000万円

[運営の基本方針・目標]

  1. 運営主体としてNPO法人「村づくり会議」設立
  2. 養豚・養鶏、食肉・魚肉加工、店・カフェ、農園各部門は原則として独立採算方式を取る
  3. 各施設は村外の人に「開かれた場」を提供する。母屋も原則出入り自由とし、交流空間を目指す
  4. 介護労働の適正な労働時間、適正なシフト体制、適正な給与支払いを目指す

(参考:目指すモデル)

  ・6時間/日勤務が基本(正職員)

8:00~14:00(Aシフト) 14:00~20:00(Bシフト)

20:00~2:00(Cシフト) 2:00~8:00(Dシフト)

・CとDは仮眠・業務の交代制(夜勤2人体勢)

・5勤2休

・給与ベース 昼間:時給800円  夜間:時給1000円(単純手取月額:昼勤9.6万円 夜勤12万円)

・パート時給は700円 社保なし  ・

※ここに関しては別添の「参考:村内の事業収支と物の循環」図表と下記「本構想の魅力─働き手にとっての魅力」参照

[第二期以降]  本格的なコミュニティ創りと島(町)全体の自律機能回復

・第一期のコア施設の拡大と人材の手当てがつき次第、モデルを他の集落においても実現していく。町には対象地区と同様の崩壊寸前の集落が各所に点在している。その帰趨を決める残された時間は10年以内。町全体を「介護と農漁業の島」として構想していくこと

・地元に残る自給技能の伝承と、現金収入としての介護の仕事を実地で学ぶ「自給技術・介護研修センター」を建設し、不足している優秀な介護人材の育成を図るとともに、「農と介護」のライフスタイルを提案。若いIターン者を引き込み、空家と荒廃農地の回復を図る

■本構想の特色

[施設入所者にとって=コンセプト:価値ある余生、枯淡の境地]

独立家屋型高齢者住宅の入居の場合

①自らが施設運営・村創造のプロセスに参加できること=協働

②現役時代の知識、あるいは趣味や余業で培った技能を活かす場

・自給を旨とするため、さまざまな知識や技能が必要。それが村に還元できる(原則無償)

・例示すれば、野菜や米栽培、食品加工、建築設計、溶接、鉄加工、経理、広報、人事管理、保育、介護……

家庭菜園、料理、釣り、木工、陶芸、その他DIY全般、音楽、絵画、自然観察、(ぜひ欲しい人材としては農機具の修理=といってもキャブレターのオーバーホール程度)

※以上は健常者、軽度の要介護者で独立家屋型高齢者住宅への入居者を想定

介護複合施設の場合は

③終の棲家の機能を持つこと=尊厳死、自宅死をキーワードに

・24時間介護体制による安心の確保

・看取りも念頭に置いた施設構想

・胃瘻やスパゲッティ状態の最期の拒否、可能な限り点滴などの治療抑制

④複合型ゆえの癒しの場

・健常者から寝たきりの要介護者まで、あるいはターミナルの人、子ども、幼児、障がい者、そしてスタッフが混在する人の交流の厚み、同時にミニ店舗やカフェなどの併設で「閉じた空間」になりやすい介護環境から逃れられる

⑤自給とモットーとするゆえの、安心・美味食材

 [働き手にとって=コンセプト:自立自給、共育、知足]

①田舎暮らしと自給生活志望者に格好の場

地区にIターンして29年になる歌野家は「衣・食・住からエネルギーまで可能な限りの自給」を目指してきた。食の自給9割以上を含め、ここに蓄積されてきた自給の知恵と技能を得られる

  1. 半農半介護という暮らしが作れる

・田舎暮らしの一番の課題は現金収入だが、ここでは介護仕事を主に、養豚・養鶏・加工場でのパート仕事で最低限の収入を得ることが可能

・その際の介護労働は別掲の「運営方針&目標」にあるように、慢性的な人材難の原因である「24時間365日」問題を最大限解決するシステムを予定しており、これが実現すれば間違いなく「やりがいのある介護仕事」が実現する

・さらに自分が管理する農園の収穫物を施設や島内出荷で販売可能。その分は上乗せできる

・空き家(単独もしくはルームシェア)の家賃は年間数万円程度で、食べ物を自給すればとても豊かな暮らしが可能になるはず

※なお村での介護仕事中心型の人は、ヘルパー資格取得者を優先的に採用。農園など主体であれば資格必須ではないが、介護仕事はパートになる

[障がい者の働く場として]

・自立的暮らしの実現の場

・能力獲得、開発の場

・共生の場

[子供たちにとって]

・自然の中で遊び、学び、働くことを通して「生きる力」を育む

・老若男女、障害を持つ人が集うなかで、社会性を身につける

・大家族的雰囲気の中でもまれる子供は、豊かな感情を獲得できる

■第二の人生を五島に賭けてもいい人 そして ココロザシあふれる移住者 大募集

1 独立家屋型高齢者住宅入居者募集

・一般に介護サービス付高齢者住宅はマンション形式がほとんど。でも五島のこの谷あいの村にマンション形式は似合わないし、土地に余裕があるから戸建にこだわる人を求めます。

・価格は終身使用権料として設定=目安は1LDK:400万円 2LDK:600万円

(5年以内の退去は半額返還、10年以内は3分の1など詳細は別途提出)

・既述のように、独立家屋型入居者は健常者ないし軽度の要介護者を対象とし、日本版CRCCに沿うコミュニティに一般的な「お客様」の位置づけではなく、いわば「村づくり」の仲間募集です。村に自分として何が持ち込めるか、何が実現できるかを共に考えましょう

2 複合型介護施設(母屋)入所者募集

・自然あふれる環境の中で、また土に触れる機会を持つことで、心身を開放し、ゆったりした時間を過ごすことができます

・自分でできることは最大限自分でやる姿勢で介護に当たります。機能維持と回復を期すこと

・入所費用等は介護度に応じます。詳細は別途提出

3 職員募集

・農的な暮らしを志す人、田舎暮らしをしたい人(できればヘルパー資格をった人)

・子育て中の人も歓迎。母屋施設で子供を見ながら働くことが可能です

・もちろん、ケアマネージャー、介護福祉士その他有資格者も歓迎

・村づくりに共鳴できることが条件

・住まいは当方で紹介します

4 私募債購入で村づくりに参加しませんか

・第2の故郷を五島の地に作りませんか

・10万円債、50万円債、100万円債の3種

・原則5年以内に償還(予定)

・利子はありません。ただし、村特産物プレゼントや無料宿泊体験・五島ツアーの宿の提供、その他交流会招待などを組み合わせて金利に替えます

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